脊髄小脳変性症と付き合うブログ > コラム
アクセスありがとうございます、管理人の「たかのめ」と申します新しいブログへ引っ越しました 脊髄小脳変性症とつきあうブログ
コラム
見て見ぬふりをしないこと
いろいろな人がいます
正しいと思えることもそうでないことをしている人もいます
状況を判断する必要があるのですが
見て見ぬふりをしないこと
昔は近所のおじいさんに怒られたりしたものです
それが地域がしつけをしているということでした
今は個人が孤立化している社会
一番小さな塊は家族ですが
変な話隣に住んでいる人すら知らないという人がいたりする社会です
見て見ぬふりをしないことに状況判断が必要なのは
逆切れされて殴られたりする事件もあるからです
冗談抜きで殴られそうになったことがあったりします
たかのめは喧嘩では勝てませんので
働きかけは直接ではなくその施設を管理している側に投書したりします
他人には言いづらいものですが身内からなら直していけるでしょう
小さなことを正していく
常識が失われていく社会にしないために
日本という小さな社会に生きているものとして
せめて生きやすい日本にしませんか?
働きかけはできるところから
変わるのはまずは自分自身から
そしてその姿を周りの人へ見せることから
すべては自分から始まるもの
それを認識したとき社会は変わり始めるでしょう
正しいと思えることもそうでないことをしている人もいます
状況を判断する必要があるのですが
見て見ぬふりをしないこと
昔は近所のおじいさんに怒られたりしたものです
それが地域がしつけをしているということでした
今は個人が孤立化している社会
一番小さな塊は家族ですが
変な話隣に住んでいる人すら知らないという人がいたりする社会です
見て見ぬふりをしないことに状況判断が必要なのは
逆切れされて殴られたりする事件もあるからです
冗談抜きで殴られそうになったことがあったりします
たかのめは喧嘩では勝てませんので
働きかけは直接ではなくその施設を管理している側に投書したりします
他人には言いづらいものですが身内からなら直していけるでしょう
小さなことを正していく
常識が失われていく社会にしないために
日本という小さな社会に生きているものとして
せめて生きやすい日本にしませんか?
働きかけはできるところから
変わるのはまずは自分自身から
そしてその姿を周りの人へ見せることから
すべては自分から始まるもの
それを認識したとき社会は変わり始めるでしょう
コラム
取り組みがうれしい

この画像は近所のスーパー内にあった立て看板の写真
内容は身障者・高齢者用の駐車場を守るということを宣言したい人がステッカーを買って車に貼るというものです
NPO法人が先導してやっているもののようです
車を運転しているときは自分が障害者だと忘れそうになるのですが目的地について思いだします
たいがいお店などの近くに位置している身障者・高齢者用の駐車場
どう見ても普通の人が停めていることもしばしば
混んでくると特にその傾向がつよくなりますね
人間、自分に余裕がないと周りに気を配れず自分勝手になるということですね(人のこと言えませんが)
2020年ころには4人に1人が65歳以上の高齢者となるといわれています
つまり高齢化社会から高齢社会になるわけです
今はその前の段階
普通の人がちょっと楽だからと停めるのとは意味が違います
楽して停めたいと思っているわけではありません
好き好んで障害を負ったわけではないはずです
そんな人を押しのけて停めている車を少なくしようという取り組み
ちょっとうれしく思いました
コラム
1リットルの涙からもらったもの
「1リットルの涙」、ヒロインである木藤亜也さんの思いが詰まった本
たかのめはとても大事なものをもらいました
それは絶対にあきらめないという姿勢です
生きる上でこれ以上強いメッセージがあるでしょうか
それは亜也さんの言葉からではなくその生きる姿勢です
自分が一生懸命生きることは周りの人も一生懸命になるきっかけになりうるということ
大きな、とても大きなメッセージ
そして温かい感じがします
病気としての境遇は一緒でしょう
社会的な環境は違うかもしれませんが
絶対にあきらめないで生きていく強さ
それは簡単には得られない
でも亜也さんはそれを実践していました
そして周りの人にそれを与えていました
一生懸命な姿勢を見せ続けることで
その強さを自分が得られるかどうかは自分では言い切れないです
でも一生懸命生きていこうと思いました
細かに書いてある症状のことなどは自分の行く末にもあるもの
それはわかっていても一生懸命に生きることは自分のためだけになるのではないと
この世に生を受けて生かされている中
生きがいはどこにと言われれば今を一生懸命に生きることが生きがいと言えるでしょう
たかのめは宗教的な話をしたいのではありません
信じるものは個々人で自由でいいと思います
自分で人生に幕を下ろすのではなく
下ろすべき時が来るまで生を全うする生き方がとても美しいと
それが長くても短くても価値は一緒でしょう
このブログへコメントを入れていただいた方がいらっしゃったので「1リットルの涙」の本の存在を知ったわけです(DVDがあるのですから原作があるのは当然かもしれませんが)
その方にも感謝したいです
その方はもっと早くこの本に出会っていたら人生が変わったかも知れないとおっしゃっていました
たかのめはその出会いをいただいたわけです
もっと早くとはおもいませんでした
出会えてよかったと
そしてもらったメッセージは一生ものです
読まれたことのない方
文として訴えてくるもののほかに
木藤亜也さんの姿勢があなたに語りかけてきます
得るものは感動だけではなく
自分の生き方に影響を与えるものです
たかのめはとても大事なものをもらいました
それは絶対にあきらめないという姿勢です
生きる上でこれ以上強いメッセージがあるでしょうか
それは亜也さんの言葉からではなくその生きる姿勢です
自分が一生懸命生きることは周りの人も一生懸命になるきっかけになりうるということ
大きな、とても大きなメッセージ
そして温かい感じがします
病気としての境遇は一緒でしょう
社会的な環境は違うかもしれませんが
絶対にあきらめないで生きていく強さ
それは簡単には得られない
でも亜也さんはそれを実践していました
そして周りの人にそれを与えていました
一生懸命な姿勢を見せ続けることで
その強さを自分が得られるかどうかは自分では言い切れないです
でも一生懸命生きていこうと思いました
細かに書いてある症状のことなどは自分の行く末にもあるもの
それはわかっていても一生懸命に生きることは自分のためだけになるのではないと
この世に生を受けて生かされている中
生きがいはどこにと言われれば今を一生懸命に生きることが生きがいと言えるでしょう
たかのめは宗教的な話をしたいのではありません
信じるものは個々人で自由でいいと思います
自分で人生に幕を下ろすのではなく
下ろすべき時が来るまで生を全うする生き方がとても美しいと
それが長くても短くても価値は一緒でしょう
このブログへコメントを入れていただいた方がいらっしゃったので「1リットルの涙」の本の存在を知ったわけです(DVDがあるのですから原作があるのは当然かもしれませんが)
その方にも感謝したいです
その方はもっと早くこの本に出会っていたら人生が変わったかも知れないとおっしゃっていました
たかのめはその出会いをいただいたわけです
もっと早くとはおもいませんでした
出会えてよかったと
そしてもらったメッセージは一生ものです
読まれたことのない方
文として訴えてくるもののほかに
木藤亜也さんの姿勢があなたに語りかけてきます
得るものは感動だけではなく
自分の生き方に影響を与えるものです
コラム
1リットルの涙(読書終了)
「1リットルの涙」、書籍を読みました
途中経過で記事を書きましたが読み終わっても感想的には同じような感じです
坂道を転がるように病状が悪化していくのを見ているともちろん人事とは思えません
進行速度はそれぞれとしても
木藤亜也さんの場合かなり早いです
でも考えてみれば経過する時間が違うだけで到達するところはあまり変わりないとして考えると
同じ脊髄小脳変性症をもっているたかのめとしては読みづらいものがありました
それは映画版を見る前に持った思いと同じもの
そう
怖いんです
自分の未来を見るようで
でも先を知ることは現在を生きる上で有効に働くと思いDVDもみたし書籍も見たわけです
末期的な状態で木藤亜也さんが苦労なさっていたのはコミュニケーション
字が書けなくなるため筆談も不可能
文字盤を指差しての会話となりますが文字盤を小さくすると
指差しづらくなり、大きくすると指さす手が動く距離が多くなり会話が遅くなる
バランスが必要でしょう
冷静に見ることが必要
たかのめにとってはそれは小説ではなく未来を見せてくれるものです
でも決定的に違うことは
医学の状況
脊髄小脳変性症が根治不可能な難病から根治可能とまでいかなくても症状を緩和できるような薬品ができることも期待できるわけです
少しでも長く生きること
少しでも長く現状を維持すること
その必要性は変わりません
リハビリの必要性は変わりません
日々を病気に対して前向きに過ごすことは無駄ではありません
木藤亜也さんは誰かの役に立つことを夢見ていました
その思いは命つきても続いています
メディアという媒体によって
生きる姿勢
その前向きな姿勢は思いを伴ってとても強く響きます
障害者でも健常者でも受け取るものがある
その人の立場によって受け取るものがある
そんな書籍「1リットルの涙」
自分が生きているうちにできることをしていく
それが誰かのために生きることにつながる気がします
生きる姿勢は常に人に影響を与えるもの
それを知ることで生きること自体に価値があるといえるでしょう
途中経過で記事を書きましたが読み終わっても感想的には同じような感じです
坂道を転がるように病状が悪化していくのを見ているともちろん人事とは思えません
進行速度はそれぞれとしても
木藤亜也さんの場合かなり早いです
でも考えてみれば経過する時間が違うだけで到達するところはあまり変わりないとして考えると
同じ脊髄小脳変性症をもっているたかのめとしては読みづらいものがありました
それは映画版を見る前に持った思いと同じもの
そう
怖いんです
自分の未来を見るようで
でも先を知ることは現在を生きる上で有効に働くと思いDVDもみたし書籍も見たわけです
末期的な状態で木藤亜也さんが苦労なさっていたのはコミュニケーション
字が書けなくなるため筆談も不可能
文字盤を指差しての会話となりますが文字盤を小さくすると
指差しづらくなり、大きくすると指さす手が動く距離が多くなり会話が遅くなる
バランスが必要でしょう
冷静に見ることが必要
たかのめにとってはそれは小説ではなく未来を見せてくれるものです
でも決定的に違うことは
医学の状況
脊髄小脳変性症が根治不可能な難病から根治可能とまでいかなくても症状を緩和できるような薬品ができることも期待できるわけです
少しでも長く生きること
少しでも長く現状を維持すること
その必要性は変わりません
リハビリの必要性は変わりません
日々を病気に対して前向きに過ごすことは無駄ではありません
木藤亜也さんは誰かの役に立つことを夢見ていました
その思いは命つきても続いています
メディアという媒体によって
生きる姿勢
その前向きな姿勢は思いを伴ってとても強く響きます
障害者でも健常者でも受け取るものがある
その人の立場によって受け取るものがある
そんな書籍「1リットルの涙」
自分が生きているうちにできることをしていく
それが誰かのために生きることにつながる気がします
生きる姿勢は常に人に影響を与えるもの
それを知ることで生きること自体に価値があるといえるでしょう
コラム
二十五日も過ぎ
たかのめです
7月も25日を過ぎまして8月が見えてきた感じがします
今年になってから毎月一日には何かが値上がりすることが常になってしまっています
そうでなくても8月はお盆があったりしてガソリンも必要だったりもの入りの月
またガソリンがあがったりするんでしょうか
ちょっときいた情報では
落ち着きそうな気配?
も見え隠れしているのですが
でも高値安定もあり得るわけです
ガソリンの値上げに伴い車離れに拍車がかかっているようです
特に若い世代
20代の方々にそれが多いようです
自転車に乗り換えても体力がありそうですし簡単にいくのでしょうね
たかのめのような人は自転車には乗れませんので車に乗る機会を減らすしかないでしょう
もともとあまり乗っていないのでこれ以上削れなかったりしますが
生活に必要な移動で月に走る距離は700キロもいかないでしょう
なのでガソリン代も月に1万円いかないので上がってもその部分の影響は小さい家庭です(おまけに軽なのにCo2がすくないからとハイオクだし)
8月は何が値上がりするんでしょう(上がると思っているとショックが小さいかも)
7月も25日を過ぎまして8月が見えてきた感じがします
今年になってから毎月一日には何かが値上がりすることが常になってしまっています
そうでなくても8月はお盆があったりしてガソリンも必要だったりもの入りの月
またガソリンがあがったりするんでしょうか
ちょっときいた情報では
落ち着きそうな気配?
も見え隠れしているのですが
でも高値安定もあり得るわけです
ガソリンの値上げに伴い車離れに拍車がかかっているようです
特に若い世代
20代の方々にそれが多いようです
自転車に乗り換えても体力がありそうですし簡単にいくのでしょうね
たかのめのような人は自転車には乗れませんので車に乗る機会を減らすしかないでしょう
もともとあまり乗っていないのでこれ以上削れなかったりしますが
生活に必要な移動で月に走る距離は700キロもいかないでしょう
なのでガソリン代も月に1万円いかないので上がってもその部分の影響は小さい家庭です(おまけに軽なのにCo2がすくないからとハイオクだし)
8月は何が値上がりするんでしょう(上がると思っているとショックが小さいかも)
コラム
1リットルの涙、書籍(読書中)
まだ半分くらいまでしかよんでいませんが
現在「1リットルの涙」の本を読んでいます
映画版の「1リットルの涙」を見た時と同じ感覚がそこにありました
読み終わったときにはまた感想が変わるかもしれません
「神様なぜ私?」
その問いの答え
自分は自分なりに思っています
たとえその答えがどうであれ
現実は変えられない
なぜ私と言いたくなる気持ちはもちろんあります
でも言って変わる現実でもないもの
女の子で多感な時期に発症したらとても重い荷物と言える脊髄小脳変性症
でも彼女は自分の中で葛藤しながら周りの人への感謝をしていました
それが半分までしか読んでいないたかのめの持った感想
脊髄小脳変性症
できなくなることはたくさん
そしてできたころの記憶は鮮明に
だから悔しがろうと思えばいくらでもできる病気
健康な人をうらやもうと思えばいくらでもできる病気
でも自分の人生を悔恨や羨望で埋めたくありません
過去の自分より肉体は退化していても
精神は違うといいたい
心は以前よりずっと前向きに
体が自由だったころは気がつかなかった価値観もたくさん
だから全部を見たら以前の自分よりプラス(だと思います)
みっともない歩き方しかできません
酔うこともできないのに酔ったようにしか歩けません
でも歩ける
亜也さんは学校生活で周囲の目に耐えていました
自分はまだまだ甘い
強くすべき精神はまだまだ深いということでしょう
生きることをひとつの行動まで落とせば
きれいなことだけではすみません
でも
生きたことをきれいにしていくことはできるでしょう
ミクロに考えるのではなくマクロにとらえること
小さなことを小さく見るのではなく
その事柄は大きなことの一部分だと
おかしく見る人はそう見ていただいてかまいません
自分は真剣に生きているだけ
健康なままの自分だったら
真剣に生きたかどうか
はなはだ疑問
脊髄小脳変性症、障害を持つことは
自分にとってプラスに働いているということ
はたから見ればマイナスに思えることをプラスに変える力
それは誰もが持っている力なのでしょうね
現在「1リットルの涙」の本を読んでいます
映画版の「1リットルの涙」を見た時と同じ感覚がそこにありました
読み終わったときにはまた感想が変わるかもしれません
「神様なぜ私?」
その問いの答え
自分は自分なりに思っています
たとえその答えがどうであれ
現実は変えられない
なぜ私と言いたくなる気持ちはもちろんあります
でも言って変わる現実でもないもの
女の子で多感な時期に発症したらとても重い荷物と言える脊髄小脳変性症
でも彼女は自分の中で葛藤しながら周りの人への感謝をしていました
それが半分までしか読んでいないたかのめの持った感想
脊髄小脳変性症
できなくなることはたくさん
そしてできたころの記憶は鮮明に
だから悔しがろうと思えばいくらでもできる病気
健康な人をうらやもうと思えばいくらでもできる病気
でも自分の人生を悔恨や羨望で埋めたくありません
過去の自分より肉体は退化していても
精神は違うといいたい
心は以前よりずっと前向きに
体が自由だったころは気がつかなかった価値観もたくさん
だから全部を見たら以前の自分よりプラス(だと思います)
みっともない歩き方しかできません
酔うこともできないのに酔ったようにしか歩けません
でも歩ける
亜也さんは学校生活で周囲の目に耐えていました
自分はまだまだ甘い
強くすべき精神はまだまだ深いということでしょう
生きることをひとつの行動まで落とせば
きれいなことだけではすみません
でも
生きたことをきれいにしていくことはできるでしょう
ミクロに考えるのではなくマクロにとらえること
小さなことを小さく見るのではなく
その事柄は大きなことの一部分だと
おかしく見る人はそう見ていただいてかまいません
自分は真剣に生きているだけ
健康なままの自分だったら
真剣に生きたかどうか
はなはだ疑問
脊髄小脳変性症、障害を持つことは
自分にとってプラスに働いているということ
はたから見ればマイナスに思えることをプラスに変える力
それは誰もが持っている力なのでしょうね
コラム
解放感
たかのめです
解放感、最近感じていますか?
たかのめは毎日感じている事柄があります
それは出かけてきて帰宅した後部屋着に着替える時
足にしていたバンド式の「オモリ」を外したときです
片方1.5kg、両足で3kgのオモリをつけて外出しています
つけ始めて1年以上になるでしょう(その間で一度重さを2kg→3kgへアップ)
スキーとかスケートをした後(今はできませんが)
靴を脱ぐ瞬間に感じるものと同質の感じがします(もっとライトですが)
オモリで一度面白いことがあります
1年以上前旅行に行った際飛行機を利用しました
入口のところで金属探知機を通りました
足におもりをしているのをすっかり忘れて・・・・
当然なります
身体検査をしてもう一度
もう一回なります
そこで気が付きました
オモリに入っているのは鉄粉です
それが反応したようです
旅の良い思い出というか・・・笑い話というか
おまけ
旅先でもつけていたら筋肉痛になりました(歩く距離が通常よりとても多かったので)
笑い話+αというか・・・
足の筋力を落とさないためにもオモリは良さそうです
車いすだと邪魔になっちゃうと思いますが
脊髄小脳変性症で車いすでない場合は有効かも(冊子にも書いてありました)
解放感、最近感じていますか?
たかのめは毎日感じている事柄があります
それは出かけてきて帰宅した後部屋着に着替える時
足にしていたバンド式の「オモリ」を外したときです
片方1.5kg、両足で3kgのオモリをつけて外出しています
つけ始めて1年以上になるでしょう(その間で一度重さを2kg→3kgへアップ)
スキーとかスケートをした後(今はできませんが)
靴を脱ぐ瞬間に感じるものと同質の感じがします(もっとライトですが)
オモリで一度面白いことがあります
1年以上前旅行に行った際飛行機を利用しました
入口のところで金属探知機を通りました
足におもりをしているのをすっかり忘れて・・・・
当然なります
身体検査をしてもう一度
もう一回なります
そこで気が付きました
オモリに入っているのは鉄粉です
それが反応したようです
旅の良い思い出というか・・・笑い話というか
おまけ
旅先でもつけていたら筋肉痛になりました(歩く距離が通常よりとても多かったので)
笑い話+αというか・・・
足の筋力を落とさないためにもオモリは良さそうです
車いすだと邪魔になっちゃうと思いますが
脊髄小脳変性症で車いすでない場合は有効かも(冊子にも書いてありました)
コラム
落ちました(階段から)
落ちたというか踏み外したというか落下したというか
正しくは踏み外しでしょう
だって最後の一段だったので
2階から下りてきて最後の一段を踏み外して普通の人ならなんてことはないでしょう
こうなりました
最後の一段を踏み外して1階の床に降りたところまでは良かった
そこでバランスを崩してリビング方面へふらつき
壁には捕まるところもなく
後ろから倒れて
強打したのは右後頭部(現在こぶが)
たった一段なのに・・・・
痛かった(かなり)
のうしんとうなどは起こさずに済みましてそのまま打ったところが痛い程度でした
家の中でけがをしたのは久しぶりでした
実は先月くらいにも思いっきりこけたのですが(原因は足もとにあった何かの空箱)
その時はどこもぶつけずにすみまして(幸いでした)
気をつけなければならないのは入院などをするけがなど
生活が変わると運動することもできなくなってしまうので体力が落ち筋力も落ちそうだからです(病気が一気に進行しそう)
なので気をつけてはいるんですけど
ほんの少しの気の緩みが起こした痛い経験でした
正しくは踏み外しでしょう
だって最後の一段だったので
2階から下りてきて最後の一段を踏み外して普通の人ならなんてことはないでしょう
こうなりました
最後の一段を踏み外して1階の床に降りたところまでは良かった
そこでバランスを崩してリビング方面へふらつき
壁には捕まるところもなく
後ろから倒れて
強打したのは右後頭部(現在こぶが)
たった一段なのに・・・・
痛かった(かなり)
のうしんとうなどは起こさずに済みましてそのまま打ったところが痛い程度でした
家の中でけがをしたのは久しぶりでした
実は先月くらいにも思いっきりこけたのですが(原因は足もとにあった何かの空箱)
その時はどこもぶつけずにすみまして(幸いでした)
気をつけなければならないのは入院などをするけがなど
生活が変わると運動することもできなくなってしまうので体力が落ち筋力も落ちそうだからです(病気が一気に進行しそう)
なので気をつけてはいるんですけど
ほんの少しの気の緩みが起こした痛い経験でした
コラム
薬をやめてみました
たかのめです
先日クリニックに行ったとき(現在は月一程度)に今まで飲んでいた薬をやめてみるということを話しました
ドクターも飲まないこともテストということで快諾してくれました
飲んでいたのが粉薬ということで飲むのも結構大変だということもあり
現在は薬は一切飲んでいない状況
一般的な対症療法の薬も試せますが
クリニックに行き始めてから(約5か月)行き始めた当初より顔色がいいというのは進行性の病気を抱えているのにおかしな話かも知れません
変な話根治療法がないことが分かっているのが現在の脊髄小脳変性症の状況なわけです
どうも薬というのはあまり飲まないほうがいいような気がして・・・・
イメージが良くないのです
自分の父親の火葬の時、骨を集める時に骨の髄(真ん中辺)が真っ青だったのを母親に質問したら薬のせいだといっていたためです
それと効くかどうかわからない薬で効果と副作用がいっぺんに出てくる感じがするのでした
試す薬によっては効果ではなく副作用ばかりとか
実際先々月あたりに飲んでいた漢方薬は飲むとせき込みが激しくなったりしたので
病気に対する抵抗は現在は薬ではなく生活習慣で行うほうが良いような気がしたためです
自分の父親は脊髄小脳変性症でしたが運動などをしているのを見たことはありません
民間療法のいろいろなものやサプリメントなどを飲んでいたのは知っていましたが
だからしていなかった運動が必要だと強く思っているわけです
これが効くという効果が医学的に立証されている薬なら喜んでのむでしょうね
先日クリニックに行ったとき(現在は月一程度)に今まで飲んでいた薬をやめてみるということを話しました
ドクターも飲まないこともテストということで快諾してくれました
飲んでいたのが粉薬ということで飲むのも結構大変だということもあり
現在は薬は一切飲んでいない状況
一般的な対症療法の薬も試せますが
クリニックに行き始めてから(約5か月)行き始めた当初より顔色がいいというのは進行性の病気を抱えているのにおかしな話かも知れません
変な話根治療法がないことが分かっているのが現在の脊髄小脳変性症の状況なわけです
どうも薬というのはあまり飲まないほうがいいような気がして・・・・
イメージが良くないのです
自分の父親の火葬の時、骨を集める時に骨の髄(真ん中辺)が真っ青だったのを母親に質問したら薬のせいだといっていたためです
それと効くかどうかわからない薬で効果と副作用がいっぺんに出てくる感じがするのでした
試す薬によっては効果ではなく副作用ばかりとか
実際先々月あたりに飲んでいた漢方薬は飲むとせき込みが激しくなったりしたので
病気に対する抵抗は現在は薬ではなく生活習慣で行うほうが良いような気がしたためです
自分の父親は脊髄小脳変性症でしたが運動などをしているのを見たことはありません
民間療法のいろいろなものやサプリメントなどを飲んでいたのは知っていましたが
だからしていなかった運動が必要だと強く思っているわけです
これが効くという効果が医学的に立証されている薬なら喜んでのむでしょうね
コラム
自分の脊髄小脳変性症との付き合い方
たかのめです
脊髄小脳変性症、それは治らない、でもすぐに死にいたる病ではない
じわじわと進行していく
それが現実
そんな脊髄小脳変性症とのたかのめなりの付き合い方
病気の症状としてもあるところですが「疲れやすい」、「動きづらい」、すべての動作が「遅くなる」
などなど
ほっとけばどんどん出不精になって何をするにも億劫になってしまいます
たかのめは生来無精者です(母親と妹に言わせると全くその通りです)
だから何もしなくてもいい状況だと何もしなくなってしまうのです
そこへ脊髄小脳変性症と診断されました
ほっておけば病気の思うつぼ
でも何もしなくてもいい状態ではありません
妻帯者であり世帯主でもあるたかのめは責任があるわけです
そう考えて脊髄小脳変性症である自分でもできることをしていかねばならないという状況になったわけです
ほっておけば生来無精者のたかのめは何もしないでしょう
でも何もしないことをしていけば何もできなくなるわけです
だからつらくなってきた動きを意図的にやったりしているわけです
人によっては違うという方もいらっしゃるでしょう
病気なんだから無理しないほうがいいと
でもたかのめの場合
動きたくなくなる病気なんだから動かすということ
病気なんだから無理しないでということではなく
無理にならない程度の負荷は体にかけないと筋力も落ちてしまう
筋力が落ちたら歩けなくなる可能性も高いわけです
だから常にリハビリをしている感じ
もちろんフィットネスクラブへ通うことも重要
そして出不精にならないこと
最近はあまりフィットネスクラブのことを記事にしていませんが
行く回数は変わっていません
習慣化してきているということです
同じ脊髄小脳変性症を患っている方
日本全国では1万名以上はいるでしょう
進行度合いも人により様々な脊髄小脳変性症
たかのめの進行度合いが医学的に見てどの程度かわかりませんが
1年前より確実に歩きづらくなっています
でも同時に1年前より確実に体力は上がっています
筋力もしかり
病気の思うつぼにはまらないようにして脊髄小脳変性症と付き合うこと
それがたかのめの脊髄小脳変性症との付き合い方です
脊髄小脳変性症、それは治らない、でもすぐに死にいたる病ではない
じわじわと進行していく
それが現実
そんな脊髄小脳変性症とのたかのめなりの付き合い方
病気の症状としてもあるところですが「疲れやすい」、「動きづらい」、すべての動作が「遅くなる」
などなど
ほっとけばどんどん出不精になって何をするにも億劫になってしまいます
たかのめは生来無精者です(母親と妹に言わせると全くその通りです)
だから何もしなくてもいい状況だと何もしなくなってしまうのです
そこへ脊髄小脳変性症と診断されました
ほっておけば病気の思うつぼ
でも何もしなくてもいい状態ではありません
妻帯者であり世帯主でもあるたかのめは責任があるわけです
そう考えて脊髄小脳変性症である自分でもできることをしていかねばならないという状況になったわけです
ほっておけば生来無精者のたかのめは何もしないでしょう
でも何もしないことをしていけば何もできなくなるわけです
だからつらくなってきた動きを意図的にやったりしているわけです
人によっては違うという方もいらっしゃるでしょう
病気なんだから無理しないほうがいいと
でもたかのめの場合
動きたくなくなる病気なんだから動かすということ
病気なんだから無理しないでということではなく
無理にならない程度の負荷は体にかけないと筋力も落ちてしまう
筋力が落ちたら歩けなくなる可能性も高いわけです
だから常にリハビリをしている感じ
もちろんフィットネスクラブへ通うことも重要
そして出不精にならないこと
最近はあまりフィットネスクラブのことを記事にしていませんが
行く回数は変わっていません
習慣化してきているということです
同じ脊髄小脳変性症を患っている方
日本全国では1万名以上はいるでしょう
進行度合いも人により様々な脊髄小脳変性症
たかのめの進行度合いが医学的に見てどの程度かわかりませんが
1年前より確実に歩きづらくなっています
でも同時に1年前より確実に体力は上がっています
筋力もしかり
病気の思うつぼにはまらないようにして脊髄小脳変性症と付き合うこと
それがたかのめの脊髄小脳変性症との付き合い方です